みんなちがって、みんないい―だって仮説だもの

魔女と名乗りながら、私は仏教や神道などもよく引き合いに出しています。
それは日本では神道や仏教の方が馴染みがあって理解していただきやすいから。
そして、ここでは魔女でなくても通用する話をしているからです。

魔女の話をSNSでも盛んに話していた頃の事。
魔女って何でもありで自由だというイメージが強かったため、自分の心の求めるままに信じるのが魔女という誤解をしている人も多かった。
そういう私も最初はそうでした。

まあ、教義とか聖典だとか戒律というものがないから自由と言えば自由だし思想的には一般社会にも十分通用するという意味で当たり前のものですしね。

とは言ってもやはり宗教。
普段は家族か少人数のグループ単位で活動する魔女ですが、他の魔女にも仲間意識を持てるのは何かしら共有している価値観や思想があるからです。

「自分の思うままに信じる」だけだったら仲間意識は生まれません。
これって魔女ではなく”自分教”なのかな?

人とは違うことに不安を感じる国民性のためなのか
「それは魔女とは違う」という意味で言っても
「私の言ったことを否定された」と受け取る方もいらっしゃいました。

別にその考え方を否定しているわけじゃないんですよ。
それで問題なく生活を送れているのならいいんです。
他人がとやかく言う事でもありませんから。

自分教でも魔女でも、仏教でも神道でもあるいは無宗教でも何でもいいんです。
破壊カルトでさえなければ・・・


宗教は壮大な仮説体系だと言った人がいました。
確かにそうですよね。
死後の世界とか、死んでみないとわかりませんけど、
それぞれ死後の世界はこうだとか言ってますよね。

いろいろな説がありますが、どれが正解かなんてわからない。
でも、どれが正解かはどうだっていいんです。

結局のところ、全ての(まともな)宗教は
「今この人生を精一杯、愛を持って悔いのないように生きなさい」
って教えているのですから。

仮説だからいろいろ違った説があって当たり前。
科学のように誰もが納得するような証明は永遠にできないから
どれが正解だとかどれが優れているとか論じるのは全く持って無意味。

みんな、ちがってみんないい

自分にとって何となくしっくりくる
それでいいんだと思います。

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